大阪高等裁判所 平成11年(ネ)2140号 判決 2000年12月15日
控訴人 三浦憲一
右訴訟代理人弁護士 阪本政敬
同 青木秀篤
被控訴人 株式会社 阪神住建
右代表者代表取締役 岩崎平成
右訴訟代理人弁護士 青木永光
同 金澤昌史
同 木村重夫
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、金五一六〇万円及びこれに対する平成一〇年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一申立て
(控訴人)
主文一ないし三項同旨
(被控訴人)
控訴棄却及び控訴費用控訴人負担
第二事案の概要
一 本件は、控訴人が、被控訴人からマンションの一戸を購入したところ、階下の給水ポンプ室から騒音が発生するとして、瑕疵担保責任に基づく解除又は錯誤無効あるいは詐欺取消を理由に、支払済みの売買代金相当額の返還を求めて提訴したが、原審が控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴した事案である。
二 前提事実(1、2は争いがない。)
1 控訴人は、平成八年一月二八日、マンションの建築、分譲等を業とする株式会社である被控訴人から、キングマンション心斎橋東(以下「本件マンション」という。)の二階二〇三号室(以下「控訴人室」という。)を代金五一六〇万円で購入した(以下「本件売買契約」という。)。
2 控訴人は、控訴人室に居住を開始した直後から、控訴人室の下で騒音がするとして、被控訴人に対策を講じるよう申し入れた。
3 被控訴人が、本件マンションの設計、建築会社である大成建設(大阪支店)(以下「大成建設」という。)とともに騒音の原因につき調査したところ、控訴人室の真下に設置された給水ポンプ室(以下「本件ポンプ室」ともいう。)の給水ポンプ(以下、「本件ポンプ」ともいう。)から騒音が発生することが判明したため、被控訴人は、その後、数次(平成八年一二月一七日、同月二三日、同月二八日、平成九年二月二八日及び同年三月二六日)にわたって、防音、消音工事をした(《証拠省略》)。
4 しかし、控訴人は、右防音工事が不十分であるとして、被控訴人らを相手方として民事調停を申し立て、更なる防音工事を求め、被控訴人も平成九年一二月一八日に消音工事を実施したものの、その後は、これ以上の防音、消音効果を上げることは不可能であると主張し、これに納得しない控訴人と折り合いがつかず、調停は不調になった。
5 控訴人は、平成一〇年七月四日被控訴人に送達された本件訴状によって、本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、更に、平成一〇年一〇月九日の原審第一回弁論準備手続期日において、被控訴人の詐欺を理由に本件売買契約を取り消す旨の意思表示をした(原審記録上、明らかである。)。
三 争点
1 控訴人室の騒音が売買の目的物の隠れた瑕疵に当たるか。また、その瑕疵のために本件売買契約を締結した目的を達することができないか。
(一) 控訴人の主張
(1)(イ)控訴人室に入室して以来、控訴人らの家族は、床、壁、天井からの騒音が二四時間継続しており、とても生活上耐えることができなかった。騒音の原因は、控訴人室の直下に位置する本件ポンプ室にあり、上水を常時循環させるという加圧(循環)式のためである。被控訴人が防音工事をした後も、騒音は「うるさい感じ」のレベルから、「質量のある耳が痛くなる不快音(うなり)」に移行したにすぎず、控訴人ら家族の不快感は全くおさまらず、二四時間継続した不快な騒音のため、健康状態も悪化し、生活することにも困難を感じていた。
(ロ)そして、控訴後の平成一一年五月ころから異常な振動音がある周期をもって発生するようになった。すなわち、入居以来聞こえていた音とは明らかに異なる異常な振動音(部屋中の空気を「ブーン、ブーン」と震わすような、また、身体の中心や脳の奥にまで届くような不快音。以下「異常音」という。)が一二時間継続し、その後の二四時間は右に比べればやや静かとなり、これらが繰り返されるようになった。
(ハ)もともと、控訴人室では、本件ポンプ室が真下にあることから、そこで発生した機械音等は①ポンプから発生した音が隔壁、隙間等から透過してくる空気伝搬音、②ポンプ自体の振動に起因して発生する固体伝搬音、③管路系の振動に起因する固体伝搬音、④管壁からの放射音、が合わさった形で影響を与える音として、様々な音を絡ませながら伝搬していたところ、給水ポンプの異常により発生した右異常音は、それら伝搬音を更に増幅させる結果となり、控訴人室にいる人の神経を異常に刺激する振動音となったものである。
(ニ)そこで、控訴人は、平成一一年六月二四日に騒音測定会社の株式会社オービスに依頼して、控訴人室の騒音測定をして貰ったところ、その騒音レベルは最大四三デシベルで、密閉性の高いマンションの室内のレベルとしてはかなり大きな数値となった。
(ホ)ところが更に、同年八月からは右周期が変わり、騒音周期時が二四時間、右に比べればやや静かな時期が一二時間と、一層耐え難くなったが、同年一二月二日に、本件ポンプの消耗部品である「密封玉軸受」の交換時期が到来しているとして交換作業が行われたところ、騒音周期時の異常音はほぼ消失した(同月三日における株式会社オービスによる騒音測定の結果においても、騒音レベルは最大三一デシベルであった。)。
(ヘ)しかし、それから五か月を経過した平成一二年五月現在、右異常音とは別異の固体伝搬音らしき「ブーン」と響く不快音が新たな騒音、振動として控訴人ら家族を悩ませている。これは、おそらく本件ポンプ室内に設置された給水管の防振支持が控訴人室の床下のスラブから直に吊るされていることから、経年使用による給水管又は防振支持そのものの劣化により、そこからの音と振動が控訴人室に伝わり出したものと思われる。
(2) ところで、前記のように、ポンプ室からの騒音は前記(1)(ハ)の①、②、③、④が合わさった形で影響を与えるものであるから、ポンプ室の真上は勿論その近くにおいてすら居室は設けるべきでないと明確に解説している文献は沢山あり、全ての学者、建築業者にとっては常識であった(しかも、給水設備の近くに居室を設けたことから生ずる振動、騒音につき、それを未然、抜本的に防ぐ技術はおろか、支障が生じた場合の対応策から、それ以前の、如何なる支障が具体的に発生すると予測されるかについてすら、まだ研究、技術開発が進んでおらず、これからの調査、研究、開発が待たれると、色々な場所で積極的に発表している業者こそが、何と本件マンションを設計、建築した大成建設であった。ただ、大成建設は「建築計画上の留意点としては、ポンプ設置、配管スペースを居室に接しないような平面計画を行う」べきであるとして、マンションの給水設備の近くに居室を設けることに対して強い疑念を抱きながらも、「意匠計画の優先や建設コストがかかる」点をも考慮する必要性があるとして、まるでそれに果敢に挑戦するような建築、設備計画を提唱してもいる。)。
そして、控訴人が調査した限りでは、現実には、控訴人室以外にポンプ室の真上に居室を設けたという例は知らない(一番近いケースとして、給水設備の斜上の居室があったというケースがあっただけである。また、給水設備ではないが、ボイラ用のパイプが居室の真下に吊るされていたケースについての資料が「居室の真下に設備機械室がある少ない事例の一つ」として、これも大成建設の資料として存在するようである。)。
そして、仮に、ポンプ室の上に無理にでも居室を設けるのであれば、その騒音、振動に対しては、最大限の防音対策を施さなければならなかったところ、次の点を考えると、本件ではその努力、工夫がどの程度なされたかも疑問である。
(イ)本件ポンプ室及び控訴人室の内装
大成建設も、文献において「建築・設備各部位の設計・施工上の留意点」として、給水に伴う防音対策として、設備機械室における低減設計・施工上の留意点から、パイプシャフトの設置における騒音対策、居室の内装に至るまで、様々な特殊な防音対策を目一杯に列記しているが、本件ではそれら特殊な防音対策を講じた様子がない。仮にそこまでしなくとも、機械室にあっては、床、壁、天井のコンクリートを厚くしたり、コンクリートの二重スラブ、二重壁を設けたり、更に壁、天井にグラスクロスを吸音材として使用して部屋を吸音仕上げとすれば、少しは遮音効果が上がったりするものであろうが、設計図書を見る限りでは、それらすら被控訴人は何もしていないのではないか。本件ポンプ室の天井は、単なるコンクリート素地であり、それも現場打ちコンクリート工法ではなく、遮音性が悪いコンクリート板組立法であるにも拘わらず、何の工夫もされていないようである。
(ロ)防振支持
給水設備が住居棟内の一角に設けられる場合(居室の真下に限定されない。)、給水管の防振支持は必ずスラブ(天井)から直に吊る方法は避けるべきで、梁から吊るようにしなければならないものである。しかるに、本件マンションの本件ポンプ室では、防振支持が平然とスラブから直に吊るされている。そのようなことをすれば、給水管の振動がスラブを通じ、階上である控訴人室にそのまま伝わると思われるが、何故にその点を考慮しないまま、スラブから直に吊ったりしたのであろうか。
前述したとおり、最近は右防振支持が原因と思われる振動が控訴人室に伝わり、それが「ブーン」という耳障りな騒音となっている。おそらくは、給水管か防振支持の経年使用による劣化が原因である。
(ハ)スラブ
スラブ、スラブ厚とは、マンション等のコンクリート床の厚さを指すところ、建設省住宅局の指導では、普通コンクリートの場合、一八〇ミリメートルが最低の厚さであり、本件マンションの全てのスラブ厚は等しく一八五ミリメートルである。従って、真下がポンプ室であるにも拘わらず、何ら特別な配慮がなされておらず、他の階層同士における居室間の騒音対策と全く同じ対策しかなされていない。そして、右一八〇ミリメートルを最低の厚さとする建設省の基準は、居室間の生活音即ち会話を想定した基準値であり、控訴人室のような、下から給水に伴う機械音等の固体、空気伝搬音が絶え間なく続いていることを前提とするものではない。
なお、最近売りに出されているマンションにおいて、スラブ厚が二〇〇ミリメートルを下回るものはまず存在しない。
(3) 控訴人室は、加圧式給水ポンプが存在する本件ポンプ室の真上に設置されているのみならず、そのために発生する騒音、振動を未然に防止するための対策も十分に講じられていなかった以上、健康な日常生活を送るための住居としては根本的な欠陥があり、隠れた瑕疵があるというべきである。
なお、平成一一年五月ころから発生した異常音の直接の原因とみられる密封玉軸受が三年毎に交換を要する消耗部品で、それを定期的に交換しなければ異常音が発生することが当然に予定されていたにも拘わらず、被控訴人は、その交換については単に管理会社に指導しただけで、それも最終的な決定は自治会の判断、自治会の支出に委ねるという有様で、当然に予定されていた異常音についてすら自ら責任を負う態度を最後まで示さなかったものであるところ、結局、時期が到来する都度、控訴人は、また右異常音により何度も耐えられないような苦痛の日々を強いられることになるが、当該異常音により被害を被るのが控訴人ら家族だけであり、右消耗部品交換に相当な費用がかかり、何よりもその費用の支出に自治会の決議を要するとすれば、次回異常音が発生した場合に右交換が迅速、容易に実現されるかは、はなはだ疑問である。控訴人ら家族は今からそれについて悩まされている。
(二) 被控訴人の主張
(1) 控訴人室は、原審当時被控訴人の行った調査結果によると、騒音等級、騒音レベルとも日本建築学会基準による「特級」と評価されるものであった。
(2) 控訴人が当審において平成一一年六月二四日に行った株式会社オービスによる騒音調査に基づき、騒音レベルが四三デシベルあったとして、控訴人室の隠れた瑕疵を主張するのは、控訴人の故意又は重大な過失による時機に後れた攻撃防禦方法として却下されるべきものである。
のみならず、被控訴人は、右調査については、その測定方法(被控訴人側は立会っていない等)、測定結果ともに疑問を感じている。
なお、平成一一年一二月二日本件ポンプの部品である密封玉軸受が交換されたことは認める。右交換翌日の同月三日に被控訴人側も騒音調査をしたが、騒音レベルは三〇ないし三二デシベルでN三〇(騒音等級一級以上)と測定された。従って、控訴人指摘の右交換前の音は、本件ポンプの保守、点検が十分になされていなかった(本件ポンプの取扱説明書によれば、密封玉軸受の交換時期としてはおおよそ三年が標準とされており、「早めに交換」するように注意を促す記載もあるところ、此度の交換まで四年近く経過し、同部品の経年劣化により運転音が大きくなっていたものである。)ことによるもので(この点については、管理の責任がある本件マンション管理組合ないしマンション管理につき委託を受けている管理会社によって、もっと早目に交換されるべきであった。)、控訴人室に瑕疵は存在しない。
この点につき、控訴人は、「加圧式給水ポンプが存する給水設備の真上に設置されていることをもって、控訴人室に瑕疵が存在すると主張し、瑕疵といえる理由として①機械室等の経年使用による不具合を原因にして将来的に発生する騒音、振動を未然に防げない点、②支障が生じる度に修理したとしても、控訴人ら家族のみがその一時的な騒音、振動を受忍しなければならない義務はない点を述べている。しかし、右①の点については、前述したように、経年使用による劣化は管理の問題であり、将来的に発生する騒音等を未然に防げないということを理由として瑕疵をいうことはできない。また、右②の点についても、前述のとおり、設備の保守、点検を十分に行っていれば、影響が生じる前に修理、交換が可能なのである。控訴人は、本件給水設備の経年劣化による影響について、控訴人ら家族のみが受けるかのように主張しているが、給水能力の低下はマンション居住者全員に影響を与えるものであり、このことは、他の共用部分であるエレベータ、電気施設、駐車施設等々に共通することであり、それ故共用部分として管理組合がその管理責任を負っているのである。
なお、控訴人は、給水設備の真上に居室を設けるべきでないということは、全ての学者、建築業者にとっては常識であったと主張するが、控訴人の指摘する文献は一つの目安にすぎず、常識や確たる知識として共通の認識とまではいえないし、控訴人室にしても、防音対策は十分に講じられており、だからこそ、前記のように、本件ポンプの部品を交換した時には、控訴人も認めるように、「右異常音は、今現在はほぼ聞こえなくなっている。」のである。
2 控訴人が、被控訴人に対し、音のしない住居であることを動機として本件売買契約を締結することを表示したか(要素の錯誤)
(一) 控訴人の主張
控訴人は図面集に記載された控訴人室真下の「受水槽」につき、それが音を発するものか、また、発するとすればどれくらいの音がするのかと、被控訴人関係担当者に尋ねた。音のしない住居であることを被控訴人に確認し、音のしない住居であることを希望することを動機として被控訴人に対し表示している。
また、控訴人は、受水槽の存在は認識していたが、受水槽室の存在については認識していなかったから、ましてやそこに本件ポンプ室が存在することなど全く認識しておらず、本件ポンプから発生する騒音について錯誤があったことは明らかである。
更に、前記のように、密封玉軸受の関係で、異常音の発生に怯えつつ、また、右交換につき、マンションの居住者全員の経済的協力がなければ改善ができないという肩身の狭い思いをしつつ生活しなければならないと分かっておれば、控訴人は控訴人室を購入しなかったし、このようなものを購入する人はいないであろう。
右動機の錯誤が要素の錯誤にあたることは明らかである。
(重大な過失ありとの被控訴人の抗弁に対し)
争う。仮に、設計図書を見なかった控訴人に過失があったとして、販売を担当している被控訴人の販売代理業者が設計図書を確認しないまま虚偽の事実を説明したことは、過失というレベルでは済まないはずである。故意に虚偽の事実を説明したとしか考えられない。
(二) 被控訴人の主張
控訴人の妻正子(以下「正子」という。)は「二階住居であれば下の受水槽の音はしないか。」という質問をしているが、正子は、控訴人室について様々な質問をしており、その一つとして右質問がなされたにすぎない。右質問に対し、被控訴人は「生活上特に問題はない。」と返答しているが、この回答に対して正子からは何の質問もなかった。正子は、右以外に音に関する質問は一切していないし、アンケートや購入申込書にも、音のしない住居を希望することを示すような記載はされていない。
従って、右正子の質問によって、控訴人が音のしない住宅を希望していることが表示されているとはいえない。
(控訴人に重大な過失があるとの仮定抗弁)
控訴人は、本件売買契約締結時の重要事項説明書に対しても何ら質問せず、ましてや設計図書を見ることもなかった。他方、控訴人は、「マンションの給水設備については、高置水槽式だけは知っておりました。」と、正子の陳述書で述べている。とするならば、控訴人としては、たとえ加圧給水設備による方式でないと考えても、受水槽とともに何らかの給水装置があることは認識しえたはずであるが、この点に関しても控訴人は質問など一切していない。
以上によれば、控訴人には錯誤に陥ったことにつき重大な過失がある。
3 詐欺
(一) 控訴人の主張
前記のとおり、建築業界の常識からしても、ポンプ室の真上に居室を設けることは、騒音、振動対策として当然避けなければならなかったのに、それにも拘わらずそのような居室を販売する以上は、騒音、振動につき積極的にまた十二分にその危険性を説明すべきであり、これを怠れば不作為による欺罔行為が成立する。のみならず、被控訴人は、重要事項説明書に給水ポンプの記載をせず、「高架水槽」と虚偽の記載をなし、また、パンフレットには控訴人室の階下は単に「受水槽」とだけ記載し、給水ポンプが存在するなら当然に記載すべき「受水槽室」との記載をしなかった。これは単なる記載ミスというより作為的な欺罔行為でさえある。
被控訴人の担当者は、控訴人から、図面集に記載された「受水槽」につき、その音の有無、限度について質問を受けたことによって、控訴人が音というものを重視し、極めて神経質になっていることを理解していたはずであるから、その意味においても、被控訴人は、加圧式給水設備の存在とそれから生じる音量について控訴人に説明する契約締結上の義務を負っていた。しかるに、被控訴人は、図面集に何ら記載がないため、給水設備が発する音の可能性について認識できない控訴人が錯誤に陥っていることを利用し、右給水設備の存在を隠し、控訴人に本件売買契約を締結させた。これは、被控訴人の詐欺に当たる。
(二) 被控訴人の主張
控訴人が重要事項説明書の「高架水槽」という記載で誤解をしたとは考えられない。正子の質問から、控訴人が限りなく音というものを重視し、極めて神経質になっていることを被控訴人が認識することは不可能である。高架水槽式であるか加圧式であるかによって設備の音のレベルの差はほとんどないから、被控訴人は控訴人に対して加圧式給水設備と騒音の関係について特に説明すべき義務を負わず、詐欺は成立しない。
なお、マンションにおいては、水道本管からの水は受水槽に貯められ、ここから給水されるのであるから、受水槽とともに、何らかの給水設備が必要であり、両設備は常にセットとして備え付けられているのである。よって、被控訴人において「受水槽」とだけ記載したことが、ポンプの存在を認識できないようにしていたということにはならない。
第三当裁判所の判断
一 前記第二の二のほか、《証拠省略》を総合すると、次のとおり認められる。
1 控訴人の妻正子は、控訴人の指示で平成八年一月二二日当時建築中の本件マンションを見たうえ、同マンションの販売センターを訪問し、同センターで被控訴人(売主)の販売代理人である中央都市開発株式会社(以下、「中央都市開発」という。)の販売員合志政義(以下「合志」という。)から本件マンションのパンフレット、図面集及び価格表を受け取り、モデルルームに案内され説明を聞いた結果、控訴人室(二階二〇三号室)が気に入ったが、図面集中の一階平面図や価格表によると、控訴人室の真下(一階)には「受水槽」との記載があったので、水を溜めている蓋付きのプールの様なものが存在していると思い、それ自体、音はしないと思ったものの、注水音はするかもしれないと思い、合志に対し、「音はしないの。」と尋ねたところ、合志は「昔はしましたけど、今はしません。」と答えた。そこで正子は安心したが、なおも、二階室と三、四階室との価格差(上階が高額で下階が低額)について説明を求めたところ、合志は「マンションは高層住宅である。二、三階は高層のメリットがない。普通の家と同じだ。」と答えたので、正子は、右価格差は眺望だけに由来するもので、受水槽の真上であることが価格に反映しているわけではないことが判り、一層安心した。しかし、申込証拠金一〇万円の持合わせがなかったので、正子は、印紙代六万円のみを支払い、不動産売買契約書の見本と手付金の振込先を書いた用紙と重要事項説明書を受け取って帰宅した。重要事項説明書中の「専有部分に属さない付属施設及び付属物等」欄には、「受水槽」と並んで「高架水槽」の記載があったところ、正子は、「高架水槽」から高架式給水を連想し、給水の本館は屋上にあってその屋上床スラブ下で各戸への給水管が分岐しているだろうから、最上階では音がするかもしれないが、最下階(二階)である控訴人室は逆に静かな環境であろうと考えた(もっとも、重要事項説明書中の「専有部分に属さない建物部分」欄には「ポンプ室」との記載もあったが、正子は、ポンプ室はどこかに存在するだろうとは思ったものの、前記のように、図面集中の一階平面図には「受水槽」との記載しかなく、「ポンプ室」との記載がなかったので、安心していた。)。そして、控訴人と相談した結果、控訴人室を購入することに決めたが、控訴人室の階下からの騒音の可能性については全く考えもしなかった。
2 本件売買契約時、中央都市開発の木村部長(宅地建物取引主任者)が控訴人に対し説明をしたが、控訴人室に特有の説明はなかった。同契約締結後の平成八年八月二七日、控訴人ら家族(控訴人五三歳、妻正子五一歳、両名間の長女菜穂子二四歳、長男学生の四名)は控訴人室に入居したが、その晩から、滝の流れるような「ザー」という音が、室全体すなわち床、壁、天井から、不定期周期で昼夜関係なく一日に何回も聞こえてくるのを経験し、同年一〇月に被控訴人に対し苦情申入れをした。その結果、同年一二月上旬、正子のほか、売主被控訴人の片山、売主被控訴人販売代理人中央都市開発の木村部長、本件マンションの設計、施工、監理者である大成建設の太田課長、騒音測定会社大気社の馬淵が集まったが、席上、正子が「音がするのよ。」と言ったところ、木村部長が「そりゃモーターの上ですから、音はしますよ。」と発言したのに対し、正子が「そんなこと聞いてないわよ。」と言ったところ、一同無言となり、正子が更に「下にはプールがあるだけじゃないの。」と聞いたところ、馬淵が「それは昭和某年に廃止されています。」と答えたので、正子は「じゃどんなものがあるのか見せて下さい。」と発言して、階下(一階)の本件ポンプ室を見せて貰った。すると、同室(面積約四四平方メートル)には、受水槽のほか、揚水(給水)ポンプ(使用電源三相二〇〇ないし二二〇ボルトのモーター付き)三台、圧力タンク、揚水(給水)管等各種配管、制禦盤等が設置されていた。正子の眼には、それが巨大プラントの様に見え、「こんな物の真上に住戸を作るなんて。」と怒りを覚えたが、そのとき初めて本件マンションは高架式給水方式ではなく(重要事項説明書中の記載とは異なり、現に、本件マンションには高架水槽は存在しない。)、加圧式給水方式が採られていることも知った。なお、高架式給水方式の場合も屋上の高架水槽への揚水のためのポンプが必要であるが、同ポンプが稼働するのは高架水槽の水が無くなったときに限られるのに対し、加圧式給水方式の場合は常時ポンプが稼働している、という差異がある。
3 関係者による本件ポンプ室内の本件ポンプ等機械類点検の結果は異常はなかったものの、騒音を低減できるよう、被控訴人及び大成建設において本件ポンプ室内の防振対策を試みることになった。そして、翌一七日から翌九年三月二六日まで八項目にわたる対策を講じたうえ、同年四月一二日午後六時、前出大気社による控訴人室中、一番騒音の大きい和室の騒音測定を行ったところ、その結果は別表番号1のとおりであった。右番号1の上から二段目の記載「一級」は、音環境に関する建築学会の集合住宅居室における室内騒音に関する適用等級基準(以下単に「適用等級」ともいう。)でいう一級に該当する旨を、同三段目の記載「NC―三〇」は同じく騒音等級基準(以下単に「騒音等級」ともいう。)でいうNC―三〇に各該当する旨を、同四段目以下の数字の記載は、右各等級判定の根拠となった各ヘルツ(周波数)に対応する騒音測定結果(単位、デシベル)をそれぞれ表わしている。そして、各等級の意味するところは、別表番号8ないし10及び同表下段に記載のとおりである。控訴人は、「右八項目にわたる防振対策の結果、騒音が小さくなったことは認めるが、夜中の騒音はやはり気になる。特に、和室で寝ているときに浴室の方で換気扇を回しているように感じる。もう少し何とかして貰わないと納得できない。また、深夜の騒音測定もやってほしい。」と言ったが、被控訴人及び大成建設側では、控訴人の求める更なる改善工事については応じられない旨を述べた。
4 控訴人は、平成九年五月三〇日更なる防音工事を求めて被控訴人及び中央都市開発を相手方として大阪簡易裁判所に調停申立てをし、調停継続中の同年七月五日午後八時から同一〇時三〇分まで大成建設の技術研究所音環境研究室による音レベル測定がなされたところ、その結果は別表番号2のとおりであった。ちなみに、発生振動に関しても、ISOの基準を下回るレベルであった。
しかし、控訴人は、本件売買契約に際しての中央都市開発(合志)の説明との食違いの問題、控訴人室と本件ポンプ室から離れた他の住居との音の比較の問題や、本件ポンプ室の本件ポンプ等機械類の老朽化により更に騒音が増大する不安を訴えた。
同年一一月一〇日午後七時にも大気社による控訴人室の和室における音レベル測定が行われ、その結果は別表番号3のとおりであったが、その後更に四項目の防音対策が施された後、平成一〇年一月二四日に同じく大気社による測定が行われ、その結果は別表番号4のとおりであった。
控訴人は、本件売買契約時の告知義務違反及び防音工事の不十分を理由に、被控訴人に対し控訴人室の買取りを求めたが、被控訴人がこれを断ったため調停は不成立となり、控訴人は平成一〇年六月一九日本訴を提起した。
平成一一年四月一三日に施行された正子に対する証人尋問において、正子は「現在は前よりも大きな音が間断なく続き、皆が水を使う時には特にひどくなる。いつもイライラしていて、とても気になる。将来もっとひどくなるのではないかとの不安もある。騒音に負けて病気になってはいけないと思い、毎日外出している。」旨を証言した。
5 平成一一年五月一八日の原判決(控訴人敗訴)の言渡しの前後ころから、騒音は一定周期で聞こえるようになり、ゴーゴゴーッという、真下から湧きあがるように大きな音が聞こえる一二時間(午前三時一〇分又は午後三時一〇分を開始時とする。)と、その後の右に比べればやや静かな二四時間との繰返しという形になり、三晩に一晩は眠られない状態になった。そこで控訴人は、同年六月二四日午後一時から同四時まで、騒音測定会社の株式会社オービスに依頼して控訴人室和室の騒音測定をして貰ったところ、その結果は別表5のとおり六三〇ヘルツでは四三デシベルを記録し、騒音等級N―45で適用等級三級すなわち「遮音性能上最低限度である。苦情が出る確率が高いが、社会的経済的制約などで許容される場合がある。」に該当することが判明した。株式会社オービスも「騒音レベル43dB(A)」は、騒音発生前の30dB(A)に比べて13も大きな値となっていて、屋外における騒音レベルに関する新環境基準(平成一〇年九月三〇日環境庁告示第六四号)と比較しても、密閉性の高いマンション室内のレベルとしてはかなり大きな値といえる。」と指摘している。
(なお、被控訴人は、控訴人が当審に至って株式会社オービスによる右騒音調査結果に基づき控訴人室の瑕疵を主張するのは、控訴人の故意又は重大な過失による時機に後れた攻撃防禦方法であるというが、騒音の状況は、ポンプ本体や消耗部品等の経年劣化等によって時日の経過とともに変動するものである以上、控訴人の右主張をもって、その故意又は重大な過失による時機に後れた攻撃防禦方法であるということはできず、被控訴人の主張は理由がない。)
6 その後、同年八月中旬からは、前記の周期が逆転し、騒音発生時が二四時間、右に比べればやや静かな時が一二時間の繰返しという形になってしまい、三晩のうち二晩が眠れない状況となった(そのため、控訴人においては午前三時一〇分に騒音が始まると目が覚めて、血圧が上がるような心臓がドキンとするような感じを覚える、正子は和室で寝られなくなりフローリングのリビングで寝る、子供達は就寝時には音楽を大きめの音で掛けて騒音を紛らわして寝付くようにするが、午前三時ころになると目が覚める習慣がついてしまった。テレビを見るときにはイヤホーンを使用する、といった状態になった。)。
7 ところで、本件ポンプ室の本件ポンプの取扱説明書中には、ポンプの消耗品の取換えに関し、密封玉軸受については軸受が過熱した時又は異常音のあった時を目安にすること、おおよその交換時期は三年であること、早めの交換が望ましいこと等の記載があるところ、本件ポンプの密封玉軸受については既に三年以上経過しているのに未だ一度も交換がなされていないことから、本件マンション管理会社において同管理組合の理事会の承認決議をまって(本件マンションの管理規約第二〇条本文には、「敷地及び共用部分等の管理については、管理組合がその責任と負担においてこれを行うものとする。」とある。)、平成一一年一二月二日に右交換を行うことになったが、控訴人及び被控訴人はその機会をとらえて、右交換前日の平成一二年一二月一日と交換翌日の同月三日の各日に騒音測定を双方同時に(控訴人は株式会社オービスに、被控訴人は大成建設技術研究所音・電磁環境研究室(以下「大成建設研究室」という。)にそれぞれ依頼して)行うことになった。そして、株式会社オービスによる測定結果は別表番号6、7のとおりであった(なお、大成建設研究室による測定結果も右とほとんど同じであるので、割愛する。ちなみに、株式会社オービスによる別表番号6、7の測定結果が、大成建設研究室によるそれとほとんど同じであり、かつ、別表番号6のそれが同5のそれともほとんど同じであることは、同5における株式会社オービスによる測定方法、測定結果に疑問を呈する被控訴人の主張の理由のないことを裏付けているといえる。)。
右別表番号6、7の結果によると、密封玉軸受交換前は同番号5と同じく適用等級三級、騒音等級N―45、交換後は適用等級一級、騒音等級N―30である。そして、株式会社オービスは、別表番号5、6の高い騒音の発生源は本件ポンプ三号機と考えられる、と指摘している。
8 ところで、右結果から判るように、密封玉軸受の劣化が控訴人ら家族にもたらす騒音被害は甚大であるといえるが、その交換時期は今後も少なくとも三年毎に到来するところ、右劣化により被害を受けるのは控訴人ら家族だけで(今回も、右劣化にも拘わらず、本来の目的である給水に関して特別の支障が生じていたと認めるに足りる証拠はない。)あるのに、少なからぬ費用を要する密封玉軸受交換についての本件マンションの管理組合理事会の決議がその都度迅速容易に実現されるかは疑問の余地なしとしない(控訴人が交換を要求する相手方は本件マンションの控訴人以外の住戸一三三戸である。)として、控訴人ら家族は悩んでいる。
更に、今回の右交換後、控訴人ら家族の感じる騒音の程度は軽減されたものの、その後五か月を経過した平成一二年五月現在、右交換直前とは別個の固体伝搬音(後記9参照)らしき「ブーン」と響く不快音が控訴人ら家族を悩ませている(後記9によれば、これはおそらく、本件ポンプ室に設置された給水管の防振支持が控訴人室の床下スラブから直に吊られていることから、経年使用による給水管又は防振支持そのものの劣化により、そこからの音と振動が控訴人室に伝わり出したものとも考えられる。)。
なお、控訴人ら家族は、将来の、本件ポンプ等給水設備本体の経年劣化問題についても不安を感じている。
9 文献によれば、一般に、ポンプ室からの騒音、振動は、①ポンプから発生した音が隔壁(壁や床)、隙間などを透過してくる空気伝搬音、②ポンプ自体又はポンプ管路系(接続管路の支持部)の振動に起因して発生し、建物躯体内を伝搬して居室の内装材から再放射される固体伝搬音、③管壁からの放射音、が合わさった形で影響を与えるとされ、特に②については、ブーンという音で、低レベルでもクレームが生じやすく、共同住宅で圧力ポンプ方式の給水システムからの固体伝搬音又は屋上に設置のポンプ管路系からの固体伝搬音によるクレームが多発している、とされている。
そのため、建築計画上の留意点の一つとして、ポンプ設置型、配管スペースを居室に接しないような平面計画を行う(ポンプと水槽は住戸と別棟にするのが望ましく、同じ棟の場合は住戸の隣室にはしない。)ことが考えられているが、意匠計画の優先や建設コストがかかる等の要因で右が行われない場合においては、次のような設備計画上、設計施工上の防音対策が必要となる、とされている。すなわち、例えば、発生音、振動が少ない機器、器具を選定するほか、機器設置床などの厚さを増す、機械室の床、壁、天井のコンクリート厚さを経済上許容される範囲で厚くする又は二重スラブ、二重壁を設ける、機械室の壁、天井を吸音仕上げとする、ポンプ接続の管路系では、ポンプの騒音、振動が管路へ伝搬するのを極力低減するためにサイレンサーを設置する、ポンプは確実に防振支持するとともに、ポンプや給水器具接続の管路も防振支持(この場合、スラブから直に吊る方法は避けるべきで、必ず梁から吊るようにしなければならない。スラブから直に吊ると床の振動を伴うからである。)及び貫通部の緩衝材による防振処理を施す、居室の内装側の処置をする等々。
ところが、本件マンションにおいては、ポンプ室の真上に居室を設けておきながら、右のような十分な防音、防振対策が講じられたものか疑問なしとしない。すなわち、被控訴人は、本件ポンプの基礎上に防振ゴムを敷設し、配管にフレキシブル継手やサイレンサーを使用したということはあるものの、本件ポンプ室の天井は単なるコンクリート素地であり、それも現場打ちコンクリート工法ではなく、遮音性能が低いコンクリート板組立法を採用したにも拘らず、何の工夫もされていない疑いがあるし、控訴人室の内装にも特別な処置がされていないし、給水管の防振支持も梁からではなくスラブ(天井)から直に吊られているし、控訴人室とポンプ室との間のスラブ厚(床の厚さも全ての階におけるそれ(建設省住宅局の指導ではこれにつき一八〇ミリメートルを最低の厚さとしている。)と同じ一八五ミリメートルであって、何ら特別な配慮がなされていないものである。
10 前記のように、日本建築学会は、集合住宅居宅の場合の室内騒音の評価につき、別表記載のとおり、騒音等級に応じて、適用等級を特級、一級、二級、三級に分類している、そして、同学会は、一級をもって学会推奨標準としつつも、更に、「集合住宅などで、建築物に付属するポンプ、エレベーターなどの共通設備機器の運転により生ずる騒音(とくに固体伝搬音)については、レベルの問題ではなく、聞こえるかどうかが問題になるので、右適用等級基準一級の性能を満足していても、音が聞こえるとの指摘を受ける場合がある。とくに、ポンプなど「ブーン」という鈍音性の成分を含む騒音は、小さなレベルでも感知されやすく、クレームにつながることが多いので、一ランク厳しい値で評価したほうがよい。」としている。
二 右一の認定事実によれば、本件ポンプ室を発生源とする控訴人室における騒音は、本件売買後の控訴人の要求に基づく被控訴人ないし大成建設による改善措置により多少は低減したものの、その後もなお、建築学会の適用等級基準の特級ないし一級(前記一10の点を考慮すれば一級ないし二級)程度の騒音は発生していて、通常の静けさの住環境にあるとは必ずしもいい難いものであったばかりか、本件ポンプの消耗部品である密封玉軸受の経年劣化による異常音が発生するに至っては、同基準の三級(遮音性能上最低限度である。使用者からの苦情が出る確率が高いが社会的、経済的制約などで許容される場合がある。なお、前記一10の点を考慮すれば三級よりも下)に該当し、控訴人室が通常の静けさの住環境にあるとは全くいえない状況になっていたところ、右密封玉軸受の経年劣化による異常音を避けるためには三年を目安とした交換を必要とするが、そのためには、本件マンション管理組合において費用負担を承認する旨の同組合理事会の決議が必要であって(ちなみに、本件ポンプ等給水設備自体の経年劣化により異常騒音が発生した場合も同様である。)、控訴人のみの意見で交換することはできない状況にあるというべきである。
そして、右事実から、控訴人室には民法五七〇条にいう隠れたる瑕疵があると直ちにいうことはできないとしても、前記一認定事実から認められる次の事情を考慮するときは、本件売買契約における控訴人の意思表示は法律行為の要素に錯誤があったというべきである。すなわち、本件売買契約に際し、図面集中の一階平面図や価格表の控訴人室の真下(一階)の「受水槽」との記載に関し、買主控訴人の代理人正子において、売主代理人中央都市開発担当員合志に対し「音はしないの。」と尋ねたのに対し、合志が「昔はしましたけど、今はしません。」と答えたことは、通常の静けさを享受できる住戸として控訴人室を購入する旨の控訴人の動機が表示されているというべきである。ところが、控訴人室における騒音の状況が前記のとおりである以上、控訴人の意思表示には法律行為の要素に錯誤があるというべきであり、本件売買契約は無効であるといわなければならない。
被控訴人は、控訴人には重大な過失があるとして色々主張する。しかしながら、控訴人が本件売買契約時の重要事項説明書に対して質問をしなかったとしても、同契約締結までの前記一1認定の状況に照らせば、控訴人に過失があったとはいえない。また、被控訴人は、控訴人が設計図(被控訴人がここでいう設計図とは乙一四1、2の設計図書を指すと思われる。)を見ることもなかったという。なるほど、重要事項説明書には「建築設備等の概要(中略)については別添パンフレット及び図面集をご参照下さい。」との記載や設計図及び竣工図の閲覧場所についての記載はあるものの、控訴人は既に前記パンフレットや図面集を受領していたことのほか、一般人が乙一四1、2の設計図書を閲覧してもその意味、内容を正確に理解することは困難である(ちなみに、《証拠省略》によれば、販売担当員合志や重要事項説明書(宅地建物取引主任者)木村でさえも、本件売買当時、本件マンションにおける給水設備が高架式でなく加圧式であることを知らなかったことが認められる。)ことや本件売買契約締結までの前記一1認定の状況に照らすときは、控訴人が乙一四1、2の設計図書を閲覧しなかったことを理由に控訴人に過失があるとは到底いえない。被控訴人は更に、控訴人(正子)が「マンションの給水設備については、高架水槽式だけは知っておりました。」と陳述していることを捕らえて、控訴人としては、たとえ、加圧給水方式でないと考えたとしても、受水槽とともに何らかの給水装置が存在するであろうことを設識しえたはずであるというが、重要事項説明書中に「高架水槽」の記載を見付けたときの正子の認識についての前記一1認定の事実に照らすときは、控訴人(正子)が控訴人室の真下に本件ポンプないし本件ポンプ室が存在することを認識しなかったとしても(ちなみに、前記合志、木村でさえも、高架式でなく加圧給水式であることを当時知らなかったこと前記のとおりである。)、同人に重大な過失があったとはいえない。そして、他に、控訴人に重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はない。
三 以上によれば、本件売買契約は無効であるから、控訴人は被控訴人に対し支払済みの売買代金五一六〇万円とこれに対する本件訴状送達の翌日である平成一〇年七月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
第四結論
控訴人の本訴請求は理由があり認容すべきである(なお、仮執行の宣言を付するのが相当である。)から、これと異なる原判決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井筒宏成 裁判官 古川正孝 和田真)
<以下省略>